両親にお祝いをしてもらって
あったかーい番茶で乾杯と「おめでとう!」の音霊をもらって
一緒に喜んでもらって
そんな「とっても嬉しい」お祝い時間を過ごしました。お祝いされてる内容が2018年くらいからの中で1番‥もしかしたらここら10年くらいの中で1番心から「やったぁ!」と喜んでいたみただったと気づいた0:06。
帰りにコーヒーと本屋さんへ。
甥っ子が高校で必要そうな参考書を(甥っ子と一緒に買いに行けるかまだわからないけれどカッコ、先に、関東レベルで豊富に揃えてあるのか見に行くのが目的で本屋さんに行ったけれど結果は自分の本購入に。今日は「本は買わないって決めてあるのに!」という心の声は全く聴こえず‥
とにかく、高校生コーナーを見終えて、どんどん違う棚に本をママと2人で、本を手に取り中をパッと見たり閉じたりしつつ、本を見ながら本棚の移動を。
するとあるコーナーでママが私に「この本、ベルちゃんが好きっぽいね!」と言って開いた本を
2人でペラペラ読み、なんだか久しぶりな時間を満喫したいつもと全然違う本屋さんタイム♩
「ママが私の本を選ぶなんて、きっと30年ぶりくらい?」という心の声を聴き
私の本を買いに行った訳ではないけれど「マリンベルちゃんが好きっポイ本だね」とママに言ってらうと‥
祖母がよく「目の前にいる人は、その人の口をかりて自分の後ろに居るなにものかが、自分に伝えるべきことを伝えてる」と言っていたのを思い出し‥
本屋さんを一周まわって、またそのコーナーに戻って、少し悩んで購入を決めました。
だから、自分からひ遠く離れた棚付近いたママの元まで歩いて行って、「あの本、ママ私が好きっぽいって言ってくれた本、絵本のじゃない方の本ね!買おうと思ってるよ!だからもう1時間分の駐車場券もらえるよ!」と伝えると
「そうなの?私も、もう一度、その本読みたい⭐︎」と言ってスタスタその本棚へ歩いて行きました。
そんな母の後ろ姿を本屋さんで追うのも、数十年ぶりくらい。
その懐かしい遠い昔から今日までの月日がパッと脳内でめぐり
その本屋さんタイムの前に寄ったスタバで、父が私に「お前も、もうオバハンやなぁ!あと10年したらママとババア姉妹になるな!!」と向かい側の席から、ママと並んで座る私に言ってきたことも瞬間的に思い出し
「あれ?その10年後ってパパきっといないよね?」と心の声が聞こえ
珍しく、といいうか
産まれて初めて「両親の死後の自分の空間」について寂しくなりました。今日まではソレを想像しても、どこか客観的に「誰もが死ぬ」みたいな感じで、悲しい、寂しいとか感じたことはなかったのです。
たぶん、昨日のブログに書いた「死後の世界に時間の感覚がないからこそ、この世では時間が何より大事」みたいなことを書いた記憶も相まって
今日は突然、自分にいろんな意味で残された時間が
本当にとっても大事に思え
「あんなんやこんなんに使ってきてた時間なんて。マジでもったいなかった。これからは、人の目を介さない自分の感覚で過ごす時間と未来の会話で、残された時間を使おう。」と
今日まで使っていた時間に対する感覚がガラッと変わりました。寝るのが大好きなのに「寝るのももったいない」という声が聴こえたくらいです。
はたまた夕方の散歩でさこんなことも考えました。
10年前の、2016年は祖父が他界した年のことを。
そしてそこから2026年まであっというマの風に流されるかのように過ぎ去っていった月日のことを。
同じ「マ」の10年が繰り返される未来なんて、もっとあっとい「マ」に訪れて
手からこぼれた砂時計の砂は
どうしようにも戻らない事実を。
昨日も同じようなことを書いたけど、書いている感覚が全然違うといいますか、昨日は腑に落ちていなかったのかもしれません。言い換えるならば、「自分に言い聞かせていた」という表現が自分の言いたいことに近い表現です。
お金なんていくらでも稼げるのに、どうして私たちはお金にとらわれてあくせく生きて、お金を貯めて楽しいことを後回しにして、未来でそのお金を使える頃には身体が弱っていたり、一緒に使う相手がいなかったりと、その間に「時間」という買えない「命」を差し出していることに、目に見えないから失っていくことに、きっかけがないと気づけない。まるで「余命を言い渡された人がそこで始めて自分の人生を振り返るような」。そんなことになる今のこの世のシステムや思い込まれている概念が、実はあるモノにとってはとても良いけれど、多くのものにとっては、「とてもおかしいシステムや概念だ」と今まで以上に感じました。
23時ごろ、お姉様お友達からラインが。ラインで決められることじゃなく電話をすることに。そして、明日発売開始の6月のコンサートのチケット予約をする事に。
時間を大事にしようと思った後に入ってきたライン。「この人とならその時間を過ごしたい!」と思えて
なんでもかんでも「イエス」と、、まあまぁな速度で即答していた自分に変化が見られた夜。
今日は一粒万倍日で吉日な日。
一粒万倍だなら、母からチョイスしてもらっあ素敵な本「好きノートby 谷川俊太郎」のその一粒の「好き」を
もっともっと本の力をかりて「好き」を突き詰めて
未来で「自分の好き」を万倍にできた日。そうなる日。そうでき日といういみで吉日⭐︎
読書時間に、突き詰めて
自分の命に残された時間。今も前から後ろへとサラサラ流れ溢れてゆく
「砂な時間」を
大切にする。
それは「自分を大切にすること」に他ならない。
これまでも、自分を大切にしてきたけれど
周りの諸先輩がたから「マリンベルちゃんは魚座だから自己犠牲の力で行動していることが多すぎる!もっと自分本位で生きていいんだよ!もっと他人に甘えていいんだよ!もっと人に頼ってお願いしていいんだよ!全部1人でしなくていいんだからね!今みたいに120%の力で、前からくる風も全部受け止める形で生きるのをやめて、さらっと受け流すことも覚えて肩の力を抜いて仕事も60%くらいですればいいんだから!」と
言ってもらっていた音霊を、取り入れてみようと想えた今日。
「もっと、ああいったたちのように損得を考えて行動してもいいのかも?」と記憶と心の声が脳裏をゆきます。
でもすぐに、「いや、損得を考えるのは違う」と追ってくる心の声。
「自分を大切にする」という
言葉の意味を
明日から、きちんと噛み締めて生きていきたいと想う。
さあ、長ーいいみの吉日は明日が最後。
何故なら「9天体巡行期間が終わる日」だからです。たしか水星が逆行を開始するはず‥
ものごとがトントン拍子に進む期間が一旦終了とのこと。
そんな日を目前に「シンクロが勃発」しすぎた今日。
勝手に流れてくるYouTube動画すら、自分のその時に考えていることの答えになっていたりと
人生の転換点(折り返し地点というのかな?‥)を感じ
嬉しい日。1人じゃないのに未来を想い寂しさも感じた「感情感覚ミックスDay」な今日。
感情が混ぜ混ぜでも、「残り時間に対する感覚」が転換したことだけはたった一つの事実で、とっても良い兆しを得ちゃったDay!
(余談:両親が他界することを想像して悲しんだり寂しくなる行動は、実は、実際にそれらが起こる事によって引き起こされるあらゆる心労より、数倍自分の身体にダメージを与えるそうです。要は、本当に両親のお葬式で悲しんでいる時に受ける心や身体や脳のダメージより、創造上でのダメージの方が大きいということです。)
たとえば、心配性の親が、子どもが海外旅行にでかけている期間中、起こりうる最悪の事態を想像し安否をドキドキ心配しつづける、そのドキドキは想像しているだけでと、ものすごーく心臓に良くないそうです。寿命が縮まるそうです。心配症な親を持つ人、自分も心配症な人やそんなネガティブ寄りに思考が傾いてしまう人は(安全を確保しやすくて良いかもしれませんが)「(過度な)心配ご無用!」を「合言葉」にして健康で、望むならば「長寿」に⭐︎
という事で、ママが「ママの命」をかけて産んでくれた「私の身体と母の命によって育まれた私の命の時間を大切にする」という意味で
未来の喪失や、はたまた「過去」の変えられないソレラに焦点を当てるの活動は
滅多にないこととはいえ、今日で終了で完了に✅
「過去と他人は変えられない」という、こちらに何度も何度も書いてきたことを
そろそろ、「書く必要がないレベル」で、自分へ「落とし込めてあげられた」雰囲気です。ハピハピラッキー⭐︎
そういえば
妹の長女=上の姪っ子
が「マリンベルってマザコンやな!」と母に、私のことを分析して告げたことがありました。
その時に、その一言は、上の声を聴く姪っ子が母を通して私に伝えてきたくれた、私が学ぶべき手放すべきことを見極め2回の「離婚のきっかけや原因」を探るための「真理な言葉」だと、咄嗟に感じとりました。言語化までに時間がかかったけれど、オバハンなのに母をママとよぶ、そんなあまちゃんな自分は、同じくマザコンです(笑)反省。
自分も「相手は自分の鏡」と言われる通りであったからこそ、そんなマザコンファザコンな元夫たちを引き寄せていた「自分のソレ」と決別した、記念日な今日にもなりました。そう言う意味で鰻屋さんの「番茶でお祝いタイム」では、
コップの「カチャーン」という音は、2回必要だったかも!??٩( ᐛ )و
とにかく、本当に「自分を大切にする」には、きっと、大好きなパパママを自分からハナし、自分ファーストにすることなのかもしれないと考えています。親と仲のいい私には、親が人の良すぎる故、今日までソレは難しいことでした⭐︎
もし私が、姪っ子が言ってきた「マザーファザーコン」を卒業できれば、
次の「未来夫3」が「マリンベルの両親の家に行くのにお土産でパン3000円分とか必要ないですよね?」とか「姪っ子さんの熊本遠征試合に三万円もお祝いで渡すってあげすぎじゃないですか?」とか、嫁いだ直後から私の家族に一銭もお金をだそうとしないソノ男のソンナケチケチ言動に垣間見える思考癖を知ってもも、幻滅することなく、それゆえに「ドン引き」して離婚に繋がってゆく心の声を聞き始めることにはならなくって、結果フォーエバーラブを手にできるのでしょう。
それが成れば、3度目の正直か!?でも、約10年交際元彼を含めると、次は4度目になります。となると、2度あることは3度あるでもなく、3度目の正直でもなく、これまでとは全く違う形で現れるかな‥?ま、、どちらでもよい。
とか書いてるオバハン。父って正直すぎてひどい。
こんなときは、本音と建前をつかう人間が可愛くみえたりして笑
私の感情ってコロコロ移り変わることもあり、絶対揺るがない信念みたいなのも同時に体内にあって、不思議。
心は見えないから、とらえどころがなくて‥と書いたら
「私の心も、誰の心も
とらえどころがなくてあたりまえだろ?」と、心の声。
「人は、理解し合えなくてあたりまえ。
愛が妥協が信頼が時間が忍耐が交渉が嘘も方便などなどが、ソノ溝を埋める転々」
だから、「コミニケーションを『する』」のがヒューマンかぁ!」と心の声。
長くなってきたので今日のある場面の記憶をここに残して「誰もいないお布団」へ♩
力強い祖父の声→「はるすぎて なつきにけらし
しろたえの ころもほすてふ あまのかぐやま」、
今日の午後、ママが「本屋さん」で開いた(購入し家に連れて帰ってきてあげた)本のページにあった質問12の
「好きな俳句はなんですか?」を、
読み上げる「澄み切った」ママの声に
「即座」に
呼応して「脳内で」聴こえてきた「祖父の声」。
百人一首のソノイックは俳句?とか考えつつ…
祖父の大好きだった一首を書いて
閉じたい今日の日記。
百人一首は、私は、その一枚しか覚えていません。
国語苦手だっ♩
でも、その「ころもほすちょう」の音と
祖父が「この歌は綺麗じゃのー!じいーちゃんな、これが1番好きなんじゃ。美しい衣がたなびく風景がめにうつるじゃろ?大好きじゃー!はるすぎて、も始まりが綺麗じゃ!」と岡山弁な大きな声で
なんどもなんども
好きな理由と共に聞かされてきた
そのイッシュ。
さてさて、ここですら、記憶の中ですら会うこともなくなりそうな君、君、君
夢ではこれまで同様会うこともなく。
本当にこれでさようなら。
前世で4回も一緒になったときに使っていた縁は
私が「コンセデ切る」と決めたら生まれ変わりで今後2度と巡り合わないとのことで
すでに天にそう宣言してあったけれど‥
数回ここで記憶返上が。
そういう感じで
さっきまでは、心に君を、君たちを
私の残りの時間に、君を、君のささやかな記憶を
置いておく「隙間」があったけれど。
今は、「ま」も「ゆうよ」も「よゆう」も
落ちてゆく砂に突然「フォーカス」が始まった今は、
なき。
「明日からこの公開日記ブログのアップ時間をかえようか?」と1:08
早寝早起きへ
かんなり遅めのウィンターアーク?
【AI検索結果コピペメモ】
寝る前に『自分を大切にするとは?』と聞いてみました。その、結果を下記に↓
自分自身を尊重し、ケアすることが、結果として人生の質を高め、周囲との関係性も良くする唯一かつ最善の道である
自分を疎かにすることは、自分の可能性を否定し、心身の不調を招くだけでなく、結果として他人を本当に大切にすることもできなくなると指摘されています。
具体的に「自分を大切にする」とはどういうことか、その要素を以下にまとめました。
1. 自分を大切にする具体的な行動・意識
- 本音を優先する: 嫌なことは「NO」と断り、無理に相手に合わせないこと。
- 自分に寛容になる: 弱点や欠点も含めて「ありのままの自分」を受け入れること。
- 自分を褒める・認める: 小さな成功体験を積み重ね、自分を認める習慣を持つこと。
- 一人の時間を持つ: 自分の心と向き合う時間を作り、休息をとること。
- 感情のケア: 自分の「心地よさ」や「幸せ」を優先し、感情を無視しないこと。
2. 「自分を大切にすること」がもたらす効果
- 他人も大切にできる: 自分が満たされることで、周りに対しても心に余裕が生まれ、寛容になれる。
- 人間関係が向上する: 自分軸を持って生きることで、他人との適切な距離を保てるようになる。
- ストレスの軽減: 周囲の顔色や視線に惑わされず、自分で人生の決定権を持つことで、不安が軽減される。
facilitator.co.jp +4
3. 注意点:わがままとの違い
自分を大切にすることは、単なる「わがまま」とは異なります。
- 自分を大切にする: 自己受容に基づき、心身ともに健康・幸せになる行動。
- わがまま: 他人への配慮を欠き、自己中心的に振る舞うこと。結果として後味が悪くなる。
- 特徴: 自分を大切にする人は、最終的に周りを喜ばせる言動(後味が良い)が増える。
自分を犠牲に(たいさつに)して他人のために尽くすことは、長続きせず、自分も相手も不幸になる可能性があります。まず自分自身を優先し、自分を愛することが、より良い人間関係と人生を築く第一歩です。
