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#479【未来時間創造】人が苦手で愛想よくできません!と返答くる。「それ愛の抜け落ち!」【未来メモ】#477の続き

昨日のブログの続きになりますが

「英会話には愛想も大事」と

お伝えしましたら

標題にあるように

「人が苦手で愛想良くできません!」

と返答くださった方がいました。

そのお相手にとって

少しキツく「感じ取られる」ことはヒャクも承知で

下記のように伝えました↓↓(かなり長いです)

「過去にトラウマになるようなことが

あったのなら申し訳ないですし

その過去には『可哀想だな』と共感しますが

その考え方や捉え方は、自分本位です。

なぜなら、会話にはお相手がいますし

ディベートではないですし

『相手の人がどう感じるか?』を

考えることが大切だと想います。

無理に愛想をよくしなくても生きてはいけますが

苦手!緊張する!といったご自身の感情が、知らず知らずのうちに自分の表情を明るくさせていなければ

それが、ムッストしてるように周りから見られることもあり

そうなると

『怒っているのかな?』『しんどいのかな?』『怖そうだな?』と

周りの方が

あなたのことをきっと『無意識』に

『否定的に捉えてしまう』と思います。

せっかくあなたのお相手があなたを気にかけているのに、そんな捉え方をされたら、まずは『勿体無い』です。

他人が感じる感情はあくまでもその人にとっても無意識的に発生してくるものなので

なんとも言えませんが

英語で楽しく、しかも見ず知らずの人と

会話するような場面を想定する場合

自分の表情に笑顔がなかったり、ムッスっとしていたら

お相手に『心地の良い感じ』を与えませんよね?

心地の良い感じとは、言い換えれば『安心感』だと思うんです。

そこがわかっていても

愛想を良くできないのではなく

自分が人が苦手だから愛想を良く『しない』というなら

それは自分の気持ちしか考えていない

自分本位な雰囲気ですよね?

相手に安心感を届けるんだと思えれば、愛想を良くできそうじゃないですか?どうでしょう?一緒に『愛想良くなる練習』をしますか?」と

お伝えしました。

今、ブログを書きながら「質問の答えになったのかしら?」と不安になりましたが

お相手の方は

私より目上の方でしたので

これでも遠慮がちに

こちらの伝えたいことが伝わるようにと『願いながら』言いましたが

伝わったのかは定かではありません。

思い返して不安になった理由は

「そこまで考えたことはなく…」と

相談者から返答があった後に

会話が止まってしまったからです。

まぁ……( ◠‿◠ )「伝わっていた」と想うことにします。

上記に書きました同じようなことを

相談や質問はされていないけれど伝えようと感じて

3人くらいの人に伝えたと思いますが

皆様、ほぼ同じ反応だったと記憶しています。

同じ反応といえば

同様に「声が小さいと、いつも友達から言われるけど…」

と言っては

ズウーーーーッと小さな声で話している方がおられて

私も何度も何度も

「え?なんと。え?なんとおっしゃいました?」と

会話中に

聞き返さなければならない人がおられました。

その方は目上の方もなく

生徒でもなく

友人に近い関係だったので

はっきりと

自分が判断した結果を持って

「あなた、テイカーだね」と伝えました。

続いて

「会話中に相手から何度も聞き返されるということは

その都度

あなたは会話相手からかまってもらうことに

なっていますよね?その点を認識されていますか?

要は『かまってちゃん』になっているんですよ。それ!

話し相手の労力=エネルギー

だけでなくお相手の時間も奪っている。だから『テイカー』と呼ばせて頂きました。

たとえ『え?なんて言ったの?』と聞き返すだけの『数秒』のことだとしても

あなたは迷惑な『かまってちゃん』です。

話の内容が、『お相手を想って』重要なことを伝えている場合でも

『聞き取りにくい音量』での会話が続くことは、

たとえお相手に『時間の余裕』があり『早く話してよ!時間がないんだから!何度も聞き返えさせないでよ!』と

感じさせなかったとしても

聴いている方は

疲れてしまいそうです。

その理由を、周りのご友人はあなたに説明せずに

『声が小さすぎる!イライラする!』とだけ指摘して下さったのではないですか?

仲が良いからこそ伝えられる内容じゃないですか?

それも何度も人を変え、時には同じことを同じ人からご指摘され続けておられるんですよね?

でも、理由がわからないから腑に落ちなくて

あなたは数十年もの間、改善しようと思えないんですよね?

もしくは『私の声は、小さい頃から小さいのだから仕方がない』と

諦めておられるのですか?声が出にくい病気等なら別ですけれど

野球をされていたのなら健康ですよね?

声が出ないというのはなんらかの症状ではないですよね?

しかも、自分の怒った話なら声が大きくなっているので…

余計なお世話かと想いますが

『あなたの話し相手』があなたに話し方の一部にイライラする理由の一つは

『あなたの話し相手』が聞き返すことに労力を使っているからです。

想像してみてください。あなたも、何度も同じことをしないといけない時

例えば、風で何度も倒れる看板を何度も拾い上げなければならない屋台で働いていたら、看板が倒れるたびに、

『また、看板を起こさないといけない!めんどくさいなー』と感じてしまいませんか?

何度も看板を立て起こす『労力』を使うのが

めんどくさくて、ちょっぴりイラっとしませんか?」

と伝えておきました。

お相手は無言だったので(人が苦手で愛想良くできません!と言った人に返答した時と同じ反応)

「言いすぎたかしら?٩( ᐛ )و」と

心の声が聴こえてきましたが

「日頃のお礼がわりに

他の方からも何度もご指摘を受けておられることだったようですし

伝えてあげた方がいいと感じたことは

伝えておきまーす」と一言添えておきました。

追って聴こえてくる心の声は

「嫌われても問題もないし…

小学生のように心が傷つきやすい年齢でもないし…

また明日からも

他の人が聞き取りにくいと困るのだから…

言い過ぎではない」という長めの心の声でした。

私は、お相手に伝えないといけないと感じたことは

なんでも話してしまう、優しくない人間かもしれません。

でも良く言い換えれば、裏表や、本音と建前のない、誠実な私ということで

私はそんな自分のことが好きです🎶

「声が小さいと何度も指摘される人」の話に戻しますが

相手を『どんな時』も真に想いやれる人なら

相手の聞きやすそうな声の音量にと

人や時や場所により

自然に使い分けながら話せる

感じるのは私だけでしょうか?

もちろん、話す内容に「自信がないから声が小さくなる」という別の理由も考えられなくはないですが、自己肯定感が低くても、相手が聞き取りにくいなら、自信のない、根拠のないことでも、ボリュームを上げて話す方がある意味親切だと想います。

図書館では声をひそめて話しませんか?それは親がそのように教育したからなのでしょうか?

言葉が話せるようになったばかりの子どもには、私たちもゆっくりとしたスピードで話しませんか?

お相手が頭が痛そうにされていたら、頭に響かないように小さな声で話してあげようと想いませんか?

何度か聞き返してこられる年配の方には、声を大きくして話そうと想いませんか?

こちらを読まれている方のほとんどが

無意識的にそんなことは

やってのけておられると想います。

自分が恥ずかしいから、

自分が嫌だから、

自分が苦手だから、

そういった意識には『「相手」という存在』は存在しない

(と偉そうに書きましたが、セミナー講師をしていたときに、◯◯や〇〇を伝えたい!と受講生のスキルアップことを「想って」登壇すると、人前に立つことが苦手でも緊張しなかった経験があるからです。できるだけ後ろの席まで声が届くように大きな声で話そと自然と感じそのように行動していました。「私がそうだからあなたもそうでしょ?」といった決めつけや「そうするべきでしょ?」と押し付けるつもりはありませんが「この人、想いやりのある人だな」と心の声が聴こえる時には、その人たちにそのような似通った共通点がありました。もちろん人前に立ち始めの頃は場慣れしておらず、緊張していた頃もありましたが、それでも初登壇の時からセミナーが始まり挨拶を始めた直後には『恥ずかしい』や『緊張』といった気持ちや感覚は吹き飛んでいました。恥ずかしいという『自分の』その気持ちより、『お相手』に何かをしてあげたいと『お相手を想う気持』ちが上回った時、こちらの恥ずかしいといった自分本位な感情は消えてしまう体験が『自分本位な考え方を使った行動には相手が存在しない』と私に言わせます。)

要は、相手に対する『愛』が

すっぽり抜けおちていると

考えられます。

『愛』が抜けおちていること、それは何も悪いことではないですし

別に自分の会話相手が、自分の『愛』を感じてもらわなくても良かったり

自分が会話相手に対して好意や興味がないなら『愛』が抜け落ちた思考で接しても何ら問題ないかもしれませんし

ムッスと、愛想も良くなくて問題ありません。

そもそも『愛の反対は無関心』とマザーテレサもおっしゃったように

会話をしているだけで、会話相手に少なくとも関心があるのですから、無関心の反対で会話相手に『愛』はあると、テレサの方程式を使うとそう言えます。なので『愛想』がなくてもOKですよね?

ただ、英会話を使って

海外や日本で

異国の人と仲良くしたいなら

また仕事で人と接する必要があるのなら

また初対面でパッと誰とでも仲良くして

いろんな学びの機会を得るためには

「愛想」は必要と断言できます( ^ω^ )

仲良くなってから

自分に「愛想」がなくても

「あなたのことはわかるよ。顔は笑ってないけど

私のプレゼントは本当は嬉しいんでしょ!?」のように

自分の意思が阿吽の呼吸のように会話相手に通じるような人たちとの間柄なら

自分本位=あるがまま

のような雰囲気を纏い

「自分が恥ずかしいから」や「自分が人が苦手だから」と

いうような「自分優先」のスタンスでの会話でもいいのかもしれません。

まるで、子どもがお母さんと接するように。

それでも、そんな身内同士の事柄にも

自分優先にすると

相手から好かれる可能性は

減ってしまう気がします。

別に誰からも好かれなくても良い!一人で生きていく!と心強く持てる人や

一人が大好きで

一人で生きていけるような人は

別ですが、多くの人は

震災を経験した人などは特に

誰かといる方が助け合えますし

安心するのではないでしょうか?

それなら、相手にも

安心を差し上げられる自分で

いられれば

日本だけでなく海外でも

お友達を作りやすくなり

留学先でも、日本人以外の人と時間を過ごせる安心感を得られます。

例え英語を話せなくても人と仲良くなる方法があるのです。

しかも、その友達関係もずっと続ける必要はなく

年齢や学校や仕事は変わってゆくので

その時々に、その場で、その都度

仲の良い人を作れば良くて

そのためにも

誰とでも、とにかく始めは「パッと仲良くなる」

「愛想」のあるスタイルの方が

知らず知らずのうちに(without realizing it)

色んな学びの機会が増えて

開運しそうです。

長くなりましたが、上記に書いた意味でも

たとえ最初は英語が話せなくても

まずは「愛想」さえあれば

英語が伝わらない状況でも

なんとかなるので

今後も

「英会話には『愛想』も大事!」と

伝えていきたと想います。

愛想があれば英語がなんとかなる

理由ですが、一つは

「お相手がこちらの『足りない英語力』を

補ってくれるからです。」

お相手が、こちらに安心しているので

話を続けようと想いやりを持って

接してくれるのです。

「安心感」の渡し合いっこです。

話は変わりますが

生まれたばかりの赤ちゃんは

約10ヶ月ほど聞き続けてきた母の声が聞こえる

一番安心感を得られる母のもとでは

ニコニコ笑っているそうです。

大人になってゆく過程で

母が近くにいなくても

ニコニコ笑っていられるようにするために

人は自然と自分以外の人に安心感を

求めてしまうのかもしれません。

生徒たちには

昔、自分が母親から得ていたもの=安心感、を

自分だけが欲しがるのではなく

人にあげられるような人に、

「自主的に」人にあげられるような人に、

なっていって欲しいと想います。

最後に言葉の連想が思い浮かんだので書かせてください。

「想いやり。

 オモイヤリ。

 ヤリとり。

『愛』➕『想いやり』🟰愛想」

まだ言葉の連想を書き連ねただけで上手に言語化できませんが

こんなことも引き続き

子どもたちに伝えていきたいと想います。

余談:

今日のブログは

自分のためのメモになりました。

書くって不思議です。

不思議なだけでなく

書くことで、思考が巡り思想が生まれその時点での自分の結論を導けるから、脳がスッキリとして気持ちが良いです。楽しいです。

さて、再来年も同じ思考でいるのでしょうか?

未来で、#478を読見返えす日が楽しみです。

その日が来るのかな?

その日はいつになるのかな?

その未来に何が起こって読みかえしているのかな?

と心の声が聴こえてきます。

未来は誰にもわからないから

生きているって

楽しい٩( ᐛ )وと感じます。

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この記事を書いた人

始めは、英語、営業、カウンセリングのスキルを使い
お仕事をしてきた転職記録を書いていました。

海鈴 (マリンベル)と申します。

その後、「心の声を聴くって、どのようにするのですか?」と
ご質問を頂くことが続き、
主に「その日の心の声」を
書いている自分本位なブログです。

最近は、未来の時間がどのように変化していくのかを
後で分析する時にもブログを活用しています。

有益な情報は少ないかもしれませんが
どなたかのお役に立てれば幸いです。

どうぞ宜しくお願い申し上げます。

マリンベル

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